freecontentのブログ

日々の出来事から思い、動物、科学にわたって様々な自由な内容です。

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第32話 食い意地のはった猫

 昨年生まれたモンは、今年の5月17日に5匹の子を生した。それまでわたしはモンのことをオス猫だと思っていて、妊娠していることにも気が付かなかった。メスにしては体格のいい猫で、わたしはモンのことを「重たくなったな~」などと声をかけて抱き上げた。ところがモンはいつもと違って奇声をあげたのだ。どうして奇声などあげたのか理由に思い当たるものが見つからず「どうした」と声をかけようとしたが、その前にわたしの手を掻い潜って逃げていってしまった。逃げていくとき妙なものをぶらさげていて、それが赤ちゃん猫だと気づくまで暫くの時間が必要だった。わたしの座っている座布団の上には破水のあとが残り、モンは近くの空きダンボール箱へと向かっていた。これが、子猫の誕生日がはっきりとわかる理由である。
 モンは初産のため、へその緒を切る術を知らないのか1匹目と2匹目を産んだ後、2匹をぶらさげたままわたしの前から姿を消した。行き先は隣の部屋だとわかっていたが、わたしはそっとしておいた。猫の習性なのか赤ちゃん猫を人の目にさらすことを嫌うようで、わたしが追えばさらに逃げるだろうと思ったからである。それから2週間くらいしてからわたしは子猫の居場所を探した。隣の猫専用の部屋にいるはずだと思っていたので比較的簡単に居場所はわかった。わたしは子猫をそっと眺めているだけで、手を触れることはしなかった(はずだと思う)。これくらいならモンも許してくれるだろうと経験上思ったからで、そのとおりにモンは許してくれた。生後1ヶ月以上経ったとき子猫はドライフードを食べにエサ箱に初デビューとなったのであった。お乳以外の食べ物は美味しかったのだろうか。
 モンを含めて5匹の母猫は毎晩獲物を狩ってくる。ネズミであったり昆虫であったり、時として蛇であったりする。多くの母猫はその分け前を子猫たちに与えるようだ。これは子猫に優しいからだけではなく獲物の味を覚えさせ、狩りの訓練のときの勉強もさせているのだとわたしは勝手に思っている。
 モンは昨夜、小鳥を狩ってきた。ところが、分け前にあずかろうと子猫の“ワッキ”が側に寄っていくと前脚で殴ったり、押さえつけたりしているではないか。「これはわたしの獲物よ」と言っているようで、気が付いたのは昨晩が初めてであったが、モンはいつもそうなのだろうか。
 わたしはモンに齧られたことがある。夕飯を終えて、自室に戻るとモンが飛び掛ってきたのだ。最初はじゃれて来たのかと思っていたが、さにあらず、わたしの唇が目当てでガブリと噛み付いてきたのだ。その晩の夕食は煮魚で、そのにおいがわたしの唇に残っていたのだ。ベビーチーズなどをちぎって、猫たちに与えるときがあるが、モンはこのちぎった欠片への反応が異常に早い。食べるのが早いのか、食べずに口の中に残したまま次の欠片に向かうのか他の猫たちはほとんど欠片にありつけないのだ。このように食べ物に対して逞しいモンだが、今年生まれた子猫たちも早く逞しく育ってもらいたいものである。

第31話 内側の点と交差する点

 1枚の用紙に三角形を描いてみる。その中に納まるように4点目を加える。4点それぞれを1度だけ通る一筆書きを作成する。するとこの4点を結んだ図形は必ず凹図形となる。この4点から完全グラフを作成すると、線分が交差することはない。また、三角形の内側に3つの3角形が作成される。このとき、元の三角形の頂点を0次点とし、内側の点を1次点とする。
 1次点によって作成された3つの三角形の中の1つに5点目を加える。5点目を2次点とする。つまり、加えた点を囲む三角形の頂点の最も高次の点+1を加えた点の次数とする。ここで完全グラフを作成する。作成の仕方は、加えた点から全ての点に線分を作成して元の完全グラフと合わせると完全グラフとなる。
 ここで2つの図を考えてみる。1つは完全グラフで、1つは親子関係を持った三角形の図である。しかしながら以下の文章は、根拠もなく証明されたものでもない。直感と少しばかりの考察で得たもので今後この話の内容を根拠とした論理展開はしないつもりである。ならば何故こんな話題を述べるかというと、それも直感である。将来いつか何処かで役に立つという予感めいたものがあって、述べずにいられなかったのである。また、図を示して説明すればいいようなものだが、そもそも説明下手で図を示したとて満足な説明はできないだろうと、敢えて文章だけで説明する試みをしている次第である。
 根拠も無く、現在は深く検証する気も無いから曖昧な表現となる。「高次の点ほど各点に描いた線分は交点が少なくなる」交点が少ないほど複雑性が増すとしていたから、加える点が内側に潜り込むほど複雑さは増すことになる。
 なにやら法則性のようなものが見えるのだが、実は三角形の親子関係は勝手に作った1つの組み合わせに過ぎず、複数の点から構成される三角形の親子関係の組み合わせは、点数が増えるほど膨大な量となり、巡回セールスマン問題に匹敵すると思われる。言いたかったことは、複数の点から構成される三角形の親子関係と巡回セールスマン問題の解とは密接な関係にあるということである(あった)。
 これは、ずいぶん昔に考え付いたことなのだが、ふと思い出して戯言を述べてしまったようである。この話を書き始めたときは、もう少し中身のある内容になると思っていたが、全くの試みにもならなくなってしまった。

第30話 猫の習性

 チロは今朝も眠っていた。しかし、今度は冷たく静かに眠りについていたのだ。わたしは、子猫の死にいくつも出会ってきた。チロの死は悲しいが、一昨日の晩に見せた仲間の猫に励まされて嬉しそうな顔を見せてくれたことが記憶に残っていて、比較的受け入れることの出来る死であった。成猫の死も何度か見てきているが、それのほとんどが事故であって、悲しむ間もないできごとなどで感傷に浸る間もなかった。
 幼いころから犬を3匹飼っていたことがあり、1匹目は小学校の低学年のころに自動車に轢かれて死亡したそうである。その犬の記憶はあまり残っていなく、わたしの家族によればわたしの下校の時間を知っていて家から国道の側まで毎日わたしを迎えにきていたそうである。40年も前のことだから放し飼いもそれほどうるさくなかったのであろう。
 2匹目ははっきりと記憶に残っている。黒茶色の樺太犬の雑種で、わたしの母が実家で産まれた子犬を貰ってきてくれたのだった。わたしが小学校の高学年のころで、“クロ”と名付けた。当時、わたしは乳牛の世話を親に任されて一人でこなしていたのだが、その牛の名前は“チビ”で、幼いわたしの遊び相手はクロとチビであった。ヤギも1頭いて世話をした記憶があって、このようにわたしは動物たちに囲まれて育ってきた。そのクロはもう少しで20歳というときに死亡した。
 3匹目は、紀伊犬の雑種で“ドン”と名付けた。名前から想像すると勇ましいようであるが、名前の由来は“どんくさいから”のドンであった。わたしが妻帯して間もなくのことで、わたしと妻はドンを挟んで寝たものだった。


 暫く、動物を飼うことを止めていたが、7年ほど前から猫を飼うようになった。わたしが病となり、妻もいなくなって犬を飼うどころか猫を飼うことも考えていなかった。ところが、何故か妙に懐いてくる野良猫がいるのであった。その猫は野良猫らしくうす汚く、お世辞にも可愛いとは言えなかったが、当時自閉症となっていたわたしには、唯一の友達となっていった。不思議なことに一緒に居だすと可愛く思えてくるのである。名前を“ナツ”と名付けて部屋の中で飼うことにした。とはいっても部屋の窓の一角を開けてナツの出入りは自由にさせていた。ナツはエサをあげると、不思議な行動を示した。すぐにエサに向かうのではなく、飛び跳ねたり、わたしにじゃれついたりしてからエサを食べ始めるのである。わたしはこれを食事の前の踊りと言っていたが、これは猫の習性の1つなのだろうか。
 チロの死は受け入れたが、何年か前受け入れがたい子猫の死を目撃している。このとき、わたしとナツは大喧嘩をしたのだが、一方的に攻撃を加えるのはわたしだけだった。その原因が何かということは書かないが、ネットで調べると猫科の解明されていない習性の1つであるようだった。このときから、猫の流儀には口を挟まないことにしている。チロの死も仲間が猫の流儀で葬儀をあげるのだろう。